夏至(げし)6月21日〜7月6日

1年で一番昼が長く夜が短い

 今日から二十四節気でいう夏至です。地球の北半球にある日本では、春分で昼の長さが夜とほぼ同じになり、その後は昼が長くなっていきます。そして夏至の日に1年で一番昼が長い日となります。昨日の日没は19時でした。そして今日は夕方ごろから日食が見られるらしいですね。

姫路ゆかた祭りは夏至祭

 この時期は梅雨の真っ盛りで、イマイチ昼が長くなったことを実感しにいくい時期ではあります。梅雨の頃といえば、私が思い出すのは「姫路ゆかた祭り」です。兵庫県姫路市の姫路城周辺で開催されるお祭りで、かつては西日本一露店が多いという規模でした。
 私は姫路市の高校に通っていたので、高校時代はもれなく参加しておりました。参加といっても、友達と露店を練り歩いて遊ぶくらいですが。当時は3日間開催されていて(現在は2日間)、梅雨とばっちりかぶっていたので、毎年雨に悩まされました。行こう思っていたら雨が降ったとか、現地で遊んでいたら途中で雨が降ってきたとか‥‥‥。
と、懐かしく思い出していたところ、ふと「あれは夏至祭だったのでは?」と思い浮かんだので調べてみました。ビンゴです。毎年、夏至の6月22日から24日に行われる例祭(日付が決まっているお祭り)だったんですね。※2020年はコロナの影響で中止

ゆかたを着る夏祭りの先駆的祭り

 姫路ゆかた祭りの由来は、1742年(寛保2年)の徳川吉宗の時代まで遡ります。姫路城主・榊原政岑(さかきばらまさみね)が、姫路城内にあった長壁神社(おさかべ神社)を城外に移し、庶民も参拝できるようにしました。その時の遷座祭(せんざまつり)を「夏至の日に行う」という御触れを出しましたが、城下の庶民は祭りに着ていく正装、つまり裃(かみしも)がない!と困っていたそうです。そこで榊原政岑が「浴衣(ゆかた)でもよい」と鶴の一声を発し、現在まで庶民に親しまれるお祭りになったという説があります。当時、浴衣は下着と同様の存在であり、そのまま外に出ることは極めて「はしたない」行為だったのです。現在ではゆかたを着るほうが少しハードルが高い気がしてしまいますが、当時は「ゆかたくらいしかない」状況だったんですね。なるほどなるほど。
 社会人になって姫路のタウン誌をつくる会社にいた頃に、「姫路ゆかた祭りは長壁神社と関係がある」ところまでは知っていたのですが、二十四節気の夏至とは結びついておりませんでした。このように知識をアップデートしていけるのが年を重ねる喜びなのかもしれません。
 ちなみにアイキャッチは伊勢神宮近く二見浦の夫婦岩です。伊勢参宮を控えた人々が汐を浴び、心身を清めた禊場として知られてきました。太陽のエネルギーが最も高まる夏至の日、夫婦岩の間から朝日が差し昇ります。
次回は 小暑(しょうしょ)7月7日〜7月21日

この記事を書いた人

西田 めい

西田めい(にしだめい)
大阪の編集プロダクション勤務。書籍編集者。
古事記、百人一首、源氏物語、枕草子、平家物語、奥の細道など、多数の古典関連書籍の編集、執筆を担当し、古典のおもしろさに目覚めました。
趣味はベランダガーデニング。
大学時代は軽音楽部だったので音楽が好きです。
著書に『二十四節気のえほん』(PHP研究所)があります。