とっても不思議な数え年(かぞえどし)
先日、息子の七五三の衣装選びに行ってきました。2019年の年明けから、イヤその前から私は実家の母に「ヤレ、七五三はどうする」と言われ続けておりました。でも、つい最近まで仕事が忙しくて本当にそれどころじゃなく……。ただこのままでは、10月某日に息子の4歳の誕生日がきてしまいます。そこで重い腰を上げてエイヤッと七五三の撮影の予約を入れました(前撮りはナシ)。奇しくも10月22日、新天皇の即位礼の日に決定です。ただ、ふと思ったのです。
現在3歳11カ月の息子の4歳の誕生日は10月22日より前。
あれ、誕生日過ぎるともうアウトじゃないのか?
そもそも実家の母があまりにヤイヤイ言うので七五三を進めているけど、
3歳の七五三なのか、5歳の七五三なのか、
それさえもよくわからなくなったりして。
そこで、認識があやふやな数え年と満年齢を整理しました。
数え年と満年齢の違い
◻︎満年齢
赤ちゃんが誕生した日は0歳で、そこから月齢で数えて12カ月目の誕生日で1歳になる数え方。現在の行政で一般的に使われているのは満年齢。
◻︎数え年
赤ちゃんが誕生した日で1歳で、以降は正月を迎えるごとに誕生日は関係なく、すべての人が1つ歳をとる数え方。旧暦時代に使われていた年の数え方で、現在では七五三、厄年などの仏事や神事の時は数え年で行われる。
数え年は旧暦時代の考え方
個人の誕生日を「ハッピーバースデイ!」とお祝いする現代人からみると、正月でみんなが等しく年をとる数え方はかなり強引に思えます。この数え方でいくと、例えば12月31日に生まれた赤ちゃんは、まず生まれた日で1歳で、次の日1月1日の
元旦で2歳になってしまいます。現代の数え方なら、この赤ちゃんは月齢1カ月なのに。1873年、日本が新暦(グレゴリオ暦)に切り替わるまで、なぜ数え年だったのでしょうか?
その秘密は、旧暦が太陰太陽暦であることに関係していました。
太陰太陽暦は、月の暦である太陰暦をメインに、二十四節気を目安とする太陽暦を掛け合わせたもの。月の暦メインだとどうしても実際の季節とズレが出てきます。
(二十四節気と旧暦の関係 参照)
そこで旧暦では2〜3年に1回、閏月(うるうづき)を入れて調整していたのです。閏月は約30日の1カ月分で、もう1回同じ月を繰り返します。例えば、6月、7月、8月、閏8月、9月、のように。この暦では、閏月に誕生した赤ちゃんは2〜3年に1回しか歳をとらないことになってしまいます。だから数え年で数えていた、という説があります。が、他にも色々と背景があります。
大きな要因として、年神様の信仰があったと思います。
『古事記』には、スサノヲが山神の娘と結婚して生まれた「大年の神(おおとしのかみ)」の名前が登場します。稲作がほぼ1年かかることから、「年」には「稲のみのり」の意味があったそうです。正月は年神様をお迎えし、これから始まる1年の豊作を祈願し、みんなが等しく歳をとる行事でした。農耕で生きていた人々にとっては、ものすごく意味のある行事だったんだろうなあ。
生まれた時点で1歳という数え年のトリック
そして生まれた時にすでに1歳とする数え年の考え方は、
赤ちゃんが十月十日お母さんのお腹で育つから、という説が代表的です。仏教なのか神道なのかはわかりません(知ってる方がおられましたら教えてください)。そもそもゼロという考え方がなかったのではないか、と私は思います。
とにかく、数え年では「生まれた時点で1歳」。
これが最大のトリックでしょう。
古典を読む時も、ちょっと注意が必要です。
例えば『平家物語』の安徳天皇は、数え年8歳で海に身を沈めたとされていますが、
満年齢では6歳。ちなみに即位は数え年で2歳とされていますが、満年齢ではなんと約7カ月だったそうです。
まとめ
で、ウチの息子の七五三は
3歳の七五三なのか、5歳の七五三なのか?
数え年で数えてみると、
→2015年10月某日誕生 1歳
2016年正月 2歳
2017年正月 3歳
2018年正月 4歳
2019年正月 5歳
なので、5歳の七五三で大丈夫。
10月某日に誕生日があるけど、2019年、つまり今年の大晦日までは5歳ってことですね。
まあ、男の子は5歳で七五三ですもんね。
数え年に誕生日はあんまり関係ないと。
むしろ「混ぜるな、危険!」てヤツでした。