樹木の神威

先日、「山を眺めると心が落ち着く」話をしたのですが、
日本の山はこんもりと木々が茂っています。
5年ほど前、秋の妙見山(大阪の能勢)の
写真をSNSにアップしたところ、
アメリカのロサンゼルスに住んでいる友人が
「日本の緑色の山が恋しい」
と言っていたことがありました。

●青々とした日本の山はスサノヲのおかげ?

妙見山
秋の妙見山

そういえば、あちらの山はさほど緑の木々が茂っていません。
青々とした垣根のように木々が茂っていることから
「青垣(あおがき)」と称された山は
日本の原風景だったのです。
外国と比較でもしないと、今やちょっとピンときませんね。

『日本書紀』のある一説によると、
日本の山に木々が茂っているのは、
スサノヲの息子イソタケルが
天からもって降りたタネを日本の国土に植えたから
とされています。

さらに『日本書紀』では
スサノヲ自身を樹木神とする一説もありまます。

スサノヲは
「韓郷(からくに:朝鮮のこと)には金や銀がある。
我が子孫が支配する国にも宝がなくてはいけない」と言った。
そこで、ヒゲからはスギの木を、胸毛からはヒノキを、
尻の毛からはマキの木を、眉毛からはクスノキを作り、
それぞれの木の用途も指定した。すなわち、
スギとクスノキは造船に、ヒノキは宮殿や神殿に、
マキは人々の寝床に。
それから世の人々が果実や葉を食べることができる
たくさんの種類の樹木もすべて植えた。
(『日本書紀』の「一書に曰く」の概要)

この神話背景を踏まえ、
上智大学の英語学者・渡部昇一先生は
「日本人はカミを祀る時には(一部省略)
そこに樹木を植え始めるのである。
どこか本能でも突っつかれたように」
とバッサリ述べておりまして、
妙に納得した次第です。
海外の知見がある渡部先生から見ると
日本人が樹木にこだわる行為は
けっこう奇特に映っていることも
文脈のニュアンスから伝わってきます。

樹木の写真
これは伊勢神宮の樹木

●信じるか信じないか

神話の時代にとどまらず、
その後も樹木は信仰の象徴でした。
平安末期の興福寺は、
自分たちの要求を通す強訴(ごうそ)を行うとき、
春日神木(かすがのしんぼく:春日大社の神木)
を神輿にかついで京都の都に押しかけていました。
朝廷は御神木を出されると
要求を聞き入れるしかなかったとか。

しかし、
「いやいや、ただの木やん」
御神木の神威を感じてなかった人物もおりました。
それが平清盛です。
神をも恐れない平清盛は、寺社勢力の
強訴に矢を射かけるような人物として
「平家物語」で描かれています。
(そして結果的には東大寺の大仏も焼いてしまいます)
平安末期になるとこんな人も出てくるんですね。
平清盛は海上貿易で成り上がった人物だから、
森林に固執する人々にピンとこなかった?
とはいえ、厳島神社は信仰してたわけだから、、、
単純に信仰している神が違っていたということなんでしょうか。

こう述べている私、
訳あってじつは無神論者みたいなとこがあります。
(ただし自分にとって都合のいいことは取り入れる)
だからといって、神の存在を否定するわけではありません。
この国のいにしえの人々が樹木を崇め、
神聖視してきたことは事実です。
そして、現代社会においても
今でもその風習や観念と共存していることが
最大のおもしろさだと思います。
日本って不思議な国だなあ、とつくづく思います。
その不思議さを驚きたいし、
もっと楽しみたい。

●まとめ
日本人、樹木、神は切り離せない関係があります。
この観点で身の回りを眺めてみると、
いつもとは違った世界が見えてくるかもしれません。

※参考文献『古事記の読み方』渡部昇一(WACBUNKO)

この記事を書いた人

西田 めい

西田めい(にしだめい)
大阪の編集プロダクション勤務。書籍編集者。
古事記、百人一首、源氏物語、枕草子、平家物語、奥の細道など、多数の古典関連書籍の編集、執筆を担当し、古典のおもしろさに目覚めました。
趣味はベランダガーデニング。
大学時代は軽音楽部だったので音楽が好きです。
著書に『二十四節気のえほん』(PHP研究所)があります。